「左ききのエレン」3人の登場人物から見る 特性で生きるという事

3人の登場人物から見る左ききのエレン

ー天才になれなかった全ての人へー

なんらかの形でクリエイティブの世界に触れた人は、このキャッチコピーを聞くと胸の中で何かがうずくのを感じませんか?

そしてこれからクリエイティブの世界に足を踏み入れるあなた。
デザイン・イラスト・ブログ…どんなジャンルでも「何かを作る」という事を選択したならば、あなたもクリエイターなのです。

そんなあなたにオススメしたいのがマンガ「左ききのエレン」です。
ただし、読むからには覚悟してください!

なぜかと言えば…。

おはようございます!セッジです。
「あ、これ読んじゃダメなやつだ」と直感的に思ったんですけどねー…(汗)
こんにちは、トラノです!
先輩そういうところありますよね、ダメだと思うものほどハマる癖が。
そうなんだよね、気がついたらKindle Unlimitedを再契約して、一気に読破してたよ…。
なんというか、殴られながら読んでいるような感じだった。
完全に「自分事」になってたみたいですね。
じゃあその「左ききのエレン」どんな作品なのか見ていきますか!

左ききのエレンとは?

グラフィックデザイナー、そしてアートディレクターであった、かっぴーさん作のマンガです。

もともとはデジタルコンテンツを配信するプラットフォーム「cakes」にて連載されていたものです。

過去形なのは正しくありませんね。
現在は第一部完になった、というのが正しいです。

現在は第二部が始まっていますが、続きが描かれるかどうかはリメイク版の売れ行きによるというところがあり、非常に悩ましいです。

ん?リメイク版?
どういう事ですか?
実は「左ききのエレン」は2つバージョンがあるんだ

左ききのエレンには、かっぴーさんが直接描いた原作版と、この原作をもとにnifuniさんという漫画家さんが作画した、ジャンプ+で連載中のリメイク版が存在します。

原作第一部は"天才アーティスト"エレンと、"凡人デザイナー"光一、を中心に、彼ら2人に密接に関わる人物が加わってストーリーが展開していきます。

この原作版は率直に言えば絵は上手ではありません。

かっぴーさんは、子ども時代は漫画家をめざしていましたが、絵の上手な子の絵を見て自分は絵がうまいわけではないという事を自覚します。

そして高校時代になると「自分は天才ではない」事を自覚し、デザイナーを目指すようになります。

あなたも原作版を見たら「絵が上手ではない」と感じるかもしれません。

しかし、かっぴーさんの経歴は、

武蔵野美術大学を卒業後、東急エージェンシーという広告代理店に就職、
という美術・デザイン業界においてはエリートのような道を歩んでいます。

美大に合格する人が絵が下手なわけがないのです。
おそらく原作版はネーム的(マンガのコンテ)な意味で描いているか、勢いを大事にしていると考えられます。

私も失敗したものの美大を受験しましたし、娘も美大の付属高校に進学したため、そういった事は良く知っています。

ただ、美大はそんな難関を突破したような猛者ばかりですから、
「一般的に見たら上手でも猛者の集団の中では下手」
と思ってしまったのかもしれません。

そういったかっぴーさんの体験を、マンガにしたのが「左ききのエレン」なのでしょう。

つぎの項目では光一とエレン、そしてこの2人に特に密接に関わる3人目の主人公、さゆりを中心に、人間がそれぞれ持つ特性で生きるという事を探っていきましょう。

"凡人"朝倉光一とは?

主人公の一人、光一の人生はかっぴーさんの経歴とぴったり重なります。

子ども時代は漫画家を目指し、天才ではない事を自覚してデザイナーを目指す。
武蔵野美術大学に入学・卒業して、広告代理店に就職。

つまり、光一とはデザイナーとしてのかっぴーさんの分身と言えるでしょう。

かっぴーさんのこれまでの人生の中で光一のように「エレンのような天才」と出会った事があったのかどうかはうかがい知れません。

でも美大というところは、全国の「才ある者たち」が集まるところ。
自分との大きな差を感じるという事が多々あった事は想像できます。

実は私が最も感情移入してしまったのは光一です。

作品では光一は"凡人"と自他ともに称されていますが、一般の人からみればどうみても才能のある人にしか思えないですよね?
同じデザイナーの私から見ても光一の才能は羨ましい限りです。

しかし、光一はエレンと出会ってしまった。

自分がどうあがいても追いつけない相手を見つけた時は、どういう行動を取るでしょう?
大抵は諦めますが、光一はあがく事を選択したのです。

エレンは自分以上の才能を持つ者以外は興味を持ちません。
しかし、あがき続ける光一を見て"凡人"と見下しつつも、目が離せなくなります。

こうして光一はエレンにとっての「終生のライバル」となり、"凡人"を自覚しながらもあがき続け、最後には「何かがはじまる」事になります。

「左ききのエレン」は時系列が入り乱れる構成になっています。
大きな分け方では、学生時代編と仕事編といったところでしょうか。

学生時代編では、美術・芸術を志す人間たちがどのような課程を経てきているのかを知る事ができます。

そして仕事編ではクリエイティブな職業に関わる人々がどの様に考えながらモノ作りに関わっているのか。

また、一般的には実態が良くわからない広告代理店という企業が、どのような仕事をしているのかを知る事ができます。


"天才"山岸エレンとは?

天性の才能を持って生まれた人の事を「ギフト持ち」と称する場合があります。

天才、神から授かった才能、センス…。
例え方は何でも良いのですが、タイトルそのものでもある主人公、エレンはまさにそういったギフト持ちを具現化したような存在です。

生まれつき、人の心に突き刺さるような絵を描く能力をもち、その才能は幼少期から売れない画家である父や、父の後輩にして親友の画塾の学長である海堂を唸らせます。

しかし、そんな天才のエレンもまた苦悩の中に生きています。
アートに身を捧げるあまり自殺(と最初は思われていた)した父、それにより精神を病んでしまう母。

満ち溢れる才能を持つあまり普通に生きられず、社会に適応できない自分自身。

アートは父の生命を奪った呪いであるかの様に感じたためか、父の死後は絵を描かなくなっていました。

「自分以上の才能を持つ者に興味を示す」

というのは実は、

「自分以上の才能に触れれば、アートの世界を諦める事ができる」

という意味があったのです。
そうして諦めるために美術館を通りかかるのですが、ポスターの作品を見て逆に絶望を知ります。

「パパの方が本気だった!人生や命をかけて、それでも全然足りずに、(絵を)呪いながら死んでいったんだ!」

と。

この怒りにより生み出されたものが、のちに作中「横浜のバスキア」と呼ばれるようになり、光一がエレンの存在を知る事になるグラフィティ(落書きアート)だったのです。

そしてエレン自身も光一と出会い、光一のあがきを見せつけられ本格的に絵を描く事を再開して、芸術の学校としては日本最高峰の東京藝術大学に現役合格を果たします。

エレンと光一は絶対に恋愛関係になりませんが、
エレンにとって光一は「終生のライバル」でもあり「自分を闇から救った運命の人」でもあるのです。


"秀才"加藤さゆりとは?

左ききのエレンは不幸な天才エレンと、凡人と自覚しつつもあがく光一を中心としたストーリーですが、実は第三の主人公がいます。

それが学力も高く、芸術的な面でも何でもできる、万能タイプの加藤さゆりです。
学校の世界でいえば"秀才"というイメージです。

特に欠点と言えるようなモノもなく、どんな事でもソツ無くこなせますが、逆に言えば何でも平均的にできすぎて突出するところがありません。

これが実はさゆりが苦悩しているところでもあります。

「何でもソツなくこなせる代わりに、何者にもなる事ができない」

分析能力が高いさゆりは、自分の持つ能力=強みを分析しこのような事を考え始めます。

「何者にもなれないのであれば、素養のある者を磨き上げ何者かに作り上げればいい」

何も突出したものが無いとさゆりは思っていましたが、実は突出したものがありました。
それがプロデュース能力でした。

最初は、光一を一流のグラフィックデザイナー…アートディレクターに磨き上げ、等身大の成功をさせ、自分はその妻として一生光一を支え続ける、というライフデザインをしていました。

▼以下ネタバレにつき自粛

しかし、エレンとジャンルは違いつつも同種の天才でファッションモデル「岸あかり」の干渉によって、全てが崩壊してしまいます。

全てが崩壊し、これまでのライフデザインを失ったさゆりが到達したのは、幼馴染にして最も嫌っていた相手「エレン」でした。

エレンは美術界で注目はされつつありながらも「開花」しない状態でした。

それは彼女自身が社会というコミュニケーションが必要とされる世界で、普通に生きる事ができないからです。

一度見てもらえさえすれば目が話せなくなる作品が描けるが、それを認知させるための手段を持たないエレン


何でもソツ無くこなせ物事を俯瞰した視点で見る事ができるが、その代り突出したものを何も持たないさゆり


この様な全くの正反対の2人が手を組み、さゆりはエレンのアートプロデューサーとなり、エレンの絵のPR活動に入ります。


エレンにとっては闇から救い出してくれたのは光一

アーティストとして成功する道筋をたてたのはさゆり

という関係なのです。


アートは魔法、デザインは科学

デザインは学問だ。アートという未知の閃きに対抗する知恵。
考え悩み学ぶ。それが天才になれなかった人間の持ちえる唯一の武器だ!!
この言葉はエレン、光一、さゆりが通っていた馬車道美術学院の学長で、3人の恩師でもある海堂が発したものです。

海堂の考えるデザインとアートの違いを解説したものですが、私には非常にしっくり来るものがあります。

もっと短い文章で説明するならば、

「アートは魔法であり、デザインは科学である」

というものです。
サイエンスフィクションなどがお好きな方は、

「高度に発達した科学は、未知の人にとっては魔法に見える」

このような概念もご存知ではないでしょうか?
原因と課程は違いますが、結果的には同等に見えるという事ですね。

アートは未知の閃きにより生み出され、誰もが再現できるとは言えないもの=魔法

デザインは結果的にはアート的に見えても、情報と理論により組み立てられた再現可能なもの=科学

アートとデザインはこのように考えられるのです。

最後に

実は「左ききのエレン」は、知り合った人に必ずオススメする作品です。
あまりにオススメするので「セッジちょっとうざい」と言われるくらいの愛読書になっています。

冒頭で例えましたように、
私が読むと「毎回殴られながら読んでいるような気分」になるのですが、これほど自分の思いを代弁してくれるようなマンガは他にありません。

光一は「何者にもなれない自分」に苦悩しています。
私も同じくそれに苦悩している人間(トリ?)です。

漫画家になりたかった▷無理だと悟りイラストレーターを目指す▷自己分析的にも他人からもデザイナーの方が向いていると思われる。

このような過程を経て、セッジという人間ができあがっているのです。

私の場合は(美術という意味での)最初の壁は美大受験に失敗した事ですし、
デザイン業界に入ってからは、圧倒的な力を持つ先輩たちの仕事を目の当たりにし、

一瞬アーティストを気取り、日本で有数のアーティスト団体に所属したものの、
やはりそこのアーティストたちの作品を目の当たりにし…。

私的には「始まっていない」という状態しか感じてきませんでした。
この何度か強調している「始まった」というものも、じつは海堂学長が発したセリフです。

「自分の人生がいつはじまるのかなんてのは誰にもわからねぇ」

「何かを得た時にはじまる人生もある、何かを捨てた時にはじまる人生もある、そればっかりはお前ら本人にしかわからねぇんだ」

エレン・光一・さゆりの3人が大学に合格したときに海堂が贈った言葉ですが、
それに対して光一はこのように返します。

「やっぱ、わかんないっスよ、そんなの。はじまってないというのはわかるんだけど」

その返しに海堂が贈ったのが、

「はじまったら、はじまった時にわかるよ」

という、かなり抽象的な言葉です。
抽象的ですが、心に響いた言葉でした。

アートやデザイン、クリエイティブの世界って、こんなに熱いものなんだという事。
自分の持つ特性で生きる=武器にするという事を、この作品から感じ取ってみてください!

▼デザインやアートについてはよろしければこちらもどうぞ。


珍しく先輩が熱くなってましたね!
私はどちらかというとエレンに共感していましたが、先輩はなんか光一にシンクロしてましたね。
ムサビに行けなかった事を除けば、なんとなく似たような事をしてるからね。
デザインの経験ある人はみんな共感しちゃうんじゃないかな?
なるほどー!
さて「左ききのエレン」は2つのバージョンがありますが、先輩的にはどちらがオススメですか?
ボクとしては、第一部が終わっているので原作版をオススメします。
kindle Unlimited会員なら全部読めますしね。
ただ、リメイクが売れないと続きが出ないそうなので、ボクはリメイク版も買いましたが…。
第一部全部終わったなら良いんじゃないですか?

それがね、第二部は《震災編》なんだよ。
「ACのCMばかりでヤダー」とか言っていた人が多かったけど、広告代理店側ではあの時どう感じていたのか、とても興味あるし多くの人に知ってもらいたいと思う。
なるほどー!それは確かにちょっと見てみたいですね!

ということで、まずは原作版をKindle Unlimitedでお楽しみください!
最後までご覧いただきありがとうございました!また他の記事でもお会いしましょう!








コメント

匿名 さんのコメント…
自分は科学者を目指して現在大学院にいるのですが、壁が見えてしまい進路が迷走しています。そんな中この漫画を読んだのでなかなか心が抉られました。クリエイター以外にもスポーツ選手や科学者などを目指している(していた)人にも共感できる点が多そうです。
セッジ さんの投稿…
匿名さん、コメントありがとうございます。
クリエイターもアスリートも科学者も、方向性は違えど「その道を極めようとする」という点では同じ部分が多いですよね。
心がえぐられましたか💦